名古屋高等裁判所 平成7年(ネ)821号 判決 1996年10月02日
控訴人
藤岡久
右訴訟代理人弁護士
伊藤静男
同
高橋二郎
同
坂井忠久
被控訴人
メリルリンチ・ジャパン・インコーポレーテッド
日本における代表者
坂東謙一
右訴訟代理人弁護士
田中徹
同
平野高志
同
竹之下義弘
同
大塚一郎
同
住田和子
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、金四九三四万八三八一円及び内金一一一二万七六五六円に対する平成二年一月一日から、内金三八二二万〇七二五円に対する同年八月一日から、各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言を求めた。
二 被控訴人
控訴棄却の判決を求めた。
第二 事案の概要
一 経緯等
1 被控訴人は、有価証券の売買の媒介、取次ぎ及び代理並びに有価証券市場(国内及び外国)における売買取引の委託の媒介、取次ぎ及び代理を行う業務等を目的とする株式会社である(資格証明書及び弁論の全趣旨)。
2 控訴人は、医院を開業している医師であるが、遅くとも昭和五一年ころから日本の四大証券会社等を通じて証券取引をし、昭和五六年ころからは信用取引も行っていたが、平成元年七月からは被控訴人を通じての株式等の証券取引を始め、その取引回数及び金額は、原判決別表記載のとおり、平成五年三月までの間に合計一二四回、売り付け代金額合計約七億五〇〇〇万円にのぼっており、平成五年からは被控訴人を通じて信用取引も始めている(原審における控訴人本人尋問の結果、弁論の全趣旨)。
3 ところで、控訴人は、被控訴人との取引において、ワラントの取引を平成元年九月一九日に始め、十数回のワラント取引を行っているが、その内の①平成元年一二月一一日のゼンチクワラント五〇ワラント(代金一一一二万七六五六円)の購入(以下「本件取引一」という。)、②平成二年七月一六日の大京ワラント一〇〇ワラント(代金一八九二万四八二五円)の購入(以下「本件取引二」という。)、③平成二年七月一七日の大京ワラント一〇〇ワラント(代金一九二九万五九〇〇円)の購入(以下「本件取引三」という。)により取得したワラントは、いずれも権利行使期間が経過して、無価値となった(争いがないか弁論の全趣旨により認められる事実)。
4 そこで、控訴人は、被控訴人に対し、①本件各取引には控訴人の意思表示に要素の錯誤があり無効である、②本件各取引における売買の意思表示を詐欺を理由として取り消した、③本件各取引において、被控訴人の従業員である安藤には説明義務違反、断定的判断の提供等の違法行為があったので、被控訴人は安藤の使用者として不法行為ないし債務不履行による損害賠償責任を負う、旨主張して、不当利得返還請求若しくは不法行為ないし債務不履行による損害賠償請求として、購入代金に相当する金四九三四万八三八一円及び内金一一一二万七六五六円に対する代金支払の後である平成二年一月一日から、内金三八二二万〇七二五円に対する代金支払の後である平成二年八月一日から、各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
原審は、控訴人の右主張事実を認めず、請求を棄却した。
5 控訴人は、控訴後当審において、右①、②の主張は撤回し、右③の不法行為ないし債務不履行のみを主張する旨述べた。
二 当事者の主張等
本件の当事者双方の事実上の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示の第二に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、第二の一の2、3及び二のうち右の認否の部分を除き、原判決六枚目裏三行目「病院」を「医院(ただし、病院ではない。)」と改める。)。
(控訴人の当審主張)
1 本件各取引を勧誘することの違法について
現物株式や転換社債は勿論国内ワラントであっても証券取引所に上場されているものについては、証券取引法所定の企業内容が一般投資家に開示されることにより取引の安全性が確保されるものであり、また店頭取引であっても、登録銘柄の株式や転換社債については公正慣習規則第二号により上場に準ずる厳格な措置が講じられており、そしてかような措置の講じられていない登録銘柄以外の株式や転換社債の店頭取引については、公正慣習規則第一号三六条二項によって顧客に対する投資勧誘そのものが禁止されている。
ところで、外貨建ワラントは、証券自体が投資家に交付されておらず、仮に交付されていても英語で記載されているため一般投資家としては読解することができない。又、平成二年二月一日からの大蔵省による有価証券届出の義務付けまでは証券取引法に基づく日本語の有価証券届出書、目論見書も作成されていなかったし、店頭取引としての側面に限定してみても外貨建ワラント取引は登録制度のごとき制度的保障をもたず、したがって、前記公正慣習規則第一号における顧客に対する投資勧誘の禁止規定が適用されて然るべき取引であった。
したがって、前記の平成二年二月一日大蔵省による有価証券届出の義務付けが制度化される以前、即ち本件ワラント取引のなされた平成元年一二月ころに一般投資家を相手方として外貨建ワラント証券の取引を勧誘する行為は、前記公正慣習規則第一号三六条二項の趣旨に照らし、違法であったというべきである。
しかるに、被控訴人は、違法な本件各取引を勧誘し、その結果控訴人に損害を与えたのであるから、控訴人がこれによって被った損害を賠償する責任がある。
2 説明義務違反について
(一) 最高裁第三小法廷平成七年七月四日判決は、「先物取引に於いては、業者側に先物取引の仕組や危険性について十分な説明と情報提供をなす義務が在り、これを尽くさなかった場合には、その勧誘・取引方法は違法となる」旨判示している。そして、ワラントの取引は、日本では馴染みが薄く、先物取引以上に極めて複雑な仕組と危険性を有するのであるから、より詳細な説明義務が業者にあることは明らかである。
(二) そして、外貨建ワラント取引における説明義務の具体的範囲として、少なくとも次の事項についての説明が必要である。
A 外貨建ワラントの危険性
① 権利行使期限の到来により無価値(紙屑)となること(期限があることのみの説明では債権や投資信託の償還日ないし満期日との誤認を生ぜしめるため、無価値となることを明確に告げる必要がある。)。
② 権利行使価格と株価との関係及び残存権利行使期間の長短を基礎に価格が激しく複雑に変動すること(「ワラントの価格は株価に連動する」との単純な説明は、かかる権利行使価格や権利行使期限との関係を無視している点で全く不正確である。)。
③ 特に株価が権利行使価格を下回れば理論価格は〇となり、この場合には将来の株価の上昇についての期待値であるプレミアムのみによって価格が形成されること、したがって、期限到来前でも無価値同然となることがありうること。
④ 転換時の価格については外国為替の影響を受けることについての具体的な説明が不可欠であり、これらの説明によって、購入金額全額を失う覚悟が必要な商品であることを端的に理解させる必要がある。
B その他の証券内容に関する事項
投資家の自己責任による取引を可能ならしめるためには、新株引受権であることの具体的意味は勿論、現に勧誘する当該ワラントにつき、
① 権利行使価格、権利行使期限、権利行使価格と株価との関係(この点の説明が無ければ、投資家は当該ワラントが購入に値するものかどうかを自主的に判断できず売却時期の判断もできない)。
② 権利行使による取得、権利行使に別途要する払込代金の額(この点の説明が無ければ、転換社債と同様にワラント債の代金そのものを払い込み金に充当して株式を取得できるとの誤解を生ぜしめる。)。
を明示した上、これらに即して権利内容や時価算定方法を具体的に説明する必要がある。
C 取引の態様に関する事項
店頭取引、相対取引であること及び上場証券の取引との差異についての具体的な説明が不可欠である。具体的には次の事項の説明が必要である。
① 外貨建ワラントは日本の取引所に上場されていない。証券会社自身が顧客に直接販売する形態で取引されること。
② したがって、上場証券の取引における一定の手数料とは異なり、仕入値と売り値の差額が証券会社の利益となること(売手と買手の関係で証券会社と顧客とは多分に利害反する。)。
③ 取引所の市場で価格が形成されるものではなく、業者間の気配値が発表されているに留まること。
④ 売却の方法と手続内容(他の証券会社への保管替えや外国市場への取次ぎによる売却には手数や時間を要し、事実上購入した証券会社に売却する他に換金方法が無いこと)、必ずしも公表されている気配値で売却できるとは限らないこと。
(三) さらに、ワラントの「説明義務の範囲」は、単に説明を一方的にするだけでは足りず、投資者が本当に理解できたか否かを確認すべき義務があるというべきである。
すなわち、日本証券業協会は、平成元年四月一九日「外国新株引受権証券の店頭気配発表及び投資勧誘について」の制定及び社内規定の変更手続について理事会決議をし会員に通知した。その制定の趣旨は、「投資勧誘について投資者の保護に資するため」とされており、理事会決議の骨子中の投資勧誘等の項には、「協会員は顧客と外国新株引受権証券の取引を行おうとするときは、予め当該顧客に対し説明書を交付し、当該取引の概要及び当該取引に伴う危険に関する事項について十分説明するとともに、取引開始に当たっては、当該顧客から「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」を徴収するものとする」とされている。すなわち、予め顧客に説明書を交付して取引の概要及び取引に伴う危険に関する事項について十分説明することとしているのである。
しかも、平成元年五月一日右決議の「社内規則等の改正及び提出」の規定により、「顧客管理に関する規定」の変更届書を協会に提出させているが、その改正された規則の第七条には、「顧客とワラント取引をするに当たっては、説明書を交付して当該取引の概要、取引に伴う危険に関する事項等について十分説明し、理解させるものとする」とあり、この改正は平成元年五月一日から施行する、とされている(甲第二一号証)。右規則の改正では、予め顧客に説明書を交付して説明書に基づき十分説明をするだけでなく、顧客に取引の概要並びに取引に伴う危険を理解させることとされている。
右の投資者保護の理事会決議、右規定の目的・趣意からすれば、ワラントの「説明義務の範囲」としては、単に説明するだけでなく、本当に理解したか否かを確認することまでも含まれ、説明を一方的にするだけでは足りず、投資者が真に理解できたか確認すべき義務があるというべきである。
(四) 原審は、「証券会社にワラントにつき一般的に詳細な説明義務があるとは考え難く」と判示し、この見解を前提として被控訴人の控訴人に対するワラント勧誘行為の違法性を判断しているから、原審の右判断は、右最高裁判決の趣意と相反する違法なものである。
(五) 説明義務違反に関する原審の事実誤認について
原審は、乙第二号証の「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(以下「本件確認書」という。)は平成四年七月三日に作成されたとする控訴人の主張を排斥したが、右の判断は証拠評価を誤ったものであるほか、本件説明書(乙第一号証)は、平成二年三月一日に日本証券業協会ではじめて作成され、協会員に実費頒布されたものであるから、同協会がこれをはじめて実費頒布した平成二年三月より前の平成元年九月一日に安藤が控訴人に対し、本件説明書を交付することは、物理的に絶対不可能であることに照らし、採証法則を誤り、かつ経験則に違反し、事実を誤認したものである。
(六) 本件説明書の交付について
原審は、本件説明書が控訴人に渡されたとの事実認定をしているが、本件説明書の受領証がないこと、当時この本件説明書と「外国証券取引口座設定約諾書」とはセットになっていたのに、原審では、証人安藤はこれについて触れておらず、被控訴人は証拠として提出していなかったこと、当時、名古屋支店では、投資家とワラントの取引を開始するに当たっては事前に「取引説明書」と、「ワラント投資の仕組みと妙味」と題するパンフレットを同時に渡すことになっていたというのに、安藤がこの「パンフレット」について一言も触れていないのは、「パンフレット」を渡してないばかりでなく、「取引説明書」をも実際には控訴人に渡していなかったのではないか、と疑い得る余地が多分にあること、セットになっていた本件確認書の日付も右「約諾書」と同じ「平成元年九月一九日」となっていなければならないはずであるのに、本件確認書の日付が平成元年九月一日となっていることからして、本来セットになっていて「約諾書」と同時に取るべき本件確認書を当時は取っていなかったとみなければならない。
3 安藤による虚偽判断の提供について
安藤は、控訴人に大京ワラントを購入させた平成二年七月一六日、一七日当時は、株価操作が入って大京株の価格が最高値に達しており、この時点で購入すれば、近く急落することは専門家として十分予想し得ていた筈であり、急落することを知りつつ大京ワラントを購入させたものである。仮に、安藤が右の事情を知らなかったとすると、業務上の過失により控訴人に損害を与えたというべきである。
4 「有価証券目論見書」の交付義務の違反について
証券会社は、証券取引法に基づき、「有価証券を募集または売り出しにより取得させ又は売りつける場合には、…(顧客に)目論見書をあらかじめ又は同時に取得させなければならない」(証券取引法第一五条二項)とされている。これに違反して、目論見書を交付せずに有価証券を顧客に取得させたときは、証券会社は、当該有価証券を「取得したもの(=顧客)に対し当該違反行為により生じた損害を賠償する責めに任ずる」(同法第一六条)とされ、証券会社は、目論見書交付義務違反の場合、それによる顧客の損害に対して無過失責任を負う。
しかるに、被控訴人は、本件各取引において、右有価証券目論見書の交付義務を履行しなかった。したがって、被控訴人は、控訴人が本件各取引により被った損害を賠償する責任がある。
5 権利行使催告義務の懈怠(債務不履行)
証券会社には、一旦ワラント取引が成立した後も、顧客投資家が投資目的を達成するよう、ワラントの利点である新株引受権を行使するか否かを、株式市場の動向を観察しながら、殊に権利行使期間の終了の接近に当たって顧客が期間を徒過しないよう必要な情報を提示して催告する義務があるというべきである。最高裁判所は昭和六二年四月二日、株式の信用取引についてであるが、証券会社に顧客の意向に従い、いわゆる手仕舞の義務がある旨判示している。ワラント取引は株式の信用取引と異なることは勿論であるが、リスクはより高く殊に権利行使期間終了の接近に従い、顧客に対し新株引受権を行使するか否かの注意を喚起することが肝腎である。これを否定的に解するのは顧客が権利を失うのをみすみす黙過するのを許すに等しく、勧告に従うか否かは、顧客の責任であるが、その前に証券会社の勧告義務を認むべきである。取引開始時の説明義務に対応するものに他ならない。
本件各取引において被控訴人はこの義務を全く履行していない。しかも、ワラントの現金化は買った証券会社に限られ、しかも値段は一方的に証券会社が決めているものであるのに、被控訴人において、控訴人の取引担当の安藤が平成四年一二月に退社し、平成五年三月にはワラント取引の個人営業部を閉鎖してしまって、被控訴人の本件各ワラントを現金化する道までも閉ざして、控訴人に損害を与えた。
(被控訴人の当審主張)
1 本件各取引を勧誘することが違法との主張は争う。
控訴人は、「平成二年二月一日大蔵省による有価証券届出の義務付けが制度化される以前、即ち本件ワラント取引のなされた平成元年一二月ころに一般投資家を相手方として外貨建ワラント証券の取引を勧誘する行為は、違法であった」旨主張している。しかしながら、平成二年二月にワラントの取引について有価証券届出書の提出が義務付けられた旨の主張は不正確である。平成二年二月に開始されたのは、日本企業がユーロ市場において発行したドル建ワラント債の新株引受権証券をユーロ市場における発行とほぼ同時に日本に持ち込み同一条件での購入を勧誘する場合における、証券取引法上の公募による販売方法であり、これに係る届出書の提出である。それまで公募の方法で行われていたのに有価証券届出書が提出されていなかったのではなく、それまでの届出書の提出の必要のない形の販売方法がとられていたのに、届出書を提出する形の販売方法を加えたのである。因みに、本件について解説している大蔵省の担当官の雑誌の論文においても、「証券会社は還流ワラントの国内販売に際し、従来、公募(不特定多数の投資家を対象とする募集または売出し)に依らない販売方法を採ってきたがこの方法では増大する顧客ニーズに十分対応しきれず、顧客への勧誘もできない等、強い制約があったため、むしろ届出書を提出して公募によるスムーズな販売を行うことを検討したいとの意向が出された」(乙第三七号証)と記載されている。それまでの届出書を提出しないユーロ・ドルワラントの国内販売方法を違法と考えたからではないことは明らかである。
2 説明義務違反の主張について
(一) 控訴人の主張は争う。
(二) 控訴人は、本件説明書は、平成二年三月一日に日本証券業協会ではじめて作成され、協会員に実費頒布されたものであり、平成元年九月一日に、安藤が控訴人に対し、本件説明書を交付して、乙第二号証の本件確認書が作成されることは、物理的に絶対的不可能である旨主張する。しかしながら、本件確認書のフォームは、平成二年三月一九日付の公正慣習規則改正に基づくもの(甲第一九号証)ではなく、それ以前の平成元年四月一九日付の日本証券業協会の「外国新株引受権証券の店頭気配発表及び投資勧誘について」の理事会決議に基づいて作成されたフォームであり(乙第二五号証)、平成二年三月一日に作成されたもの(乙第二七号証)とは異なるものであるから、控訴人の主張は誤解に基づくもので、失当である。
3 安藤による虚偽判断の提供について
安藤による故意又は業務上の過失による虚偽判断の提供をいう控訴人の当審主張はいずれも争う。
4 有価証券目論見書の交付義務違反についての控訴人の主張を争う。
控訴人には、有価証券目論見書の交付義務はない。すなわち、証券取引法第一五条二項は、「発行者、有価証券の売出しをする者、引受人又は証券会社は、有価証券を募集又は売り出しにより取得させ又は売りつける場合には、目論見書をあらかじめ又は同時に交付しなければならない」旨規定しているが、目論見書の交付義務があるのは、有価証券の募集又は売り出しにより取得させ又は売りつける場合である。「有価証券の募集」とは、「新たに発行される有価証券の取得の申込みの勧誘で、多数の者を相手方として行う場合として政令で定める場合」をいうとされており(同法第二条三項)(ただし、この場合でも「募集」に該当しないいくつかの例外がある。)、また、「有価証券の売出し」とは、「既に発行された有価証券の売付けの申込み又はその買付けの申込みの勧誘のうち、均一の条件で、多数の者を相手方として行う場合として政令で定める場合に該当するもの」をいうとされている(同法第二条四項)。したがって、本件のワラント売買のように、証券会社が所有するワラントを顧客との間で相対で取引する場合は、証券取引法にいう「募集」又は「売出し」に含まれないというべきである。したがって、被控訴人には控訴人に対して本件ワラントの目論見書を交付する義務はなかったものである。
5 権利行使催告義務の懈怠(債務不履行)に関する控訴人の主張を争う。
控訴人は、控訴後半年以上も経過した後、突如、平成八年六月二四日付けの準備書面で権利行使催告義務の懈怠(債務不履行)の主張をしたが、この主張は、第一審においてもなすことができたはずのものであって、控訴人の故意又は重大な過失によって時機に遅れてなされたものであり、訴訟の完結を遅延するものであるから、民事訴訟法第一三九条により却下されるべきである。
仮に却下されないとしても、被控訴人は、控訴人に対し、平成五年二月二六日、本件各ワラントにつき権利行使期日到来の通知と権利行使の催告をしているから(甲第九号証の二、三)、控訴人の主張はその前提を欠くものであり失当である。
第三 証拠関係
原審及び当審の各証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。
第四 当裁判所の判断
当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないと判断する。その理由は、次のとおり付加・訂正するほか、原判決理由一、二及び五において説示するところと同一であるから、これを引用する。
一 原判決の訂正等
1 原判決六枚目裏一三行目「(甲」から同七枚目表三行目「弁論の全趣旨」までを「(成立に争いのない甲第七号証、同第一七号証、乙第二ないし第三一号証(枝番のあるものについては枝番も含む。)、同第三四号証、原審における証人安藤幸一の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第一号証、原審における控訴人本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第三号証(ただし、後記信用できない部分を除く。))及び弁論の全趣旨」と改める。
2 原判決七枚目表五行目及び六行目、同一五枚目裏一一行目の各「病院」を「医院」と訂正する。
3 同九枚目表二行目から三行目にかけての「受領した外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書の内容」を「受領した「外国新株引受権証券の取引に関する説明書」の内容」と改め、同裏一行目「九月一九日」の次に「外国証券取引口座設定約諾書を差し入れた上、」を加え、同一一枚目表二行目から三行目にかけての「結局このまま取引を続け少しずつでも損を取り戻そうとの話になった。」を「控訴人は右損失の補填は得られず、本件ワラントを被訴訟人に預けたままであったが、被控訴人との間にこのまま証券取引を続け、少しずつでも損を取り戻そうとの話になり、この時以降は新たにワラントの売買をすることなく、控訴人と被控訴人の取引は専らワラント以外の証券について継続された。」と改める。
4 同一二枚目裏七行目「に照らすと」を「に加えて、反対趣旨の当審証人安原將夫の供述が存在することに照らすと」と改める。
二 本件各取引を勧誘することは違法か。
控訴人は、控訴人の当審主張1のとおり、平成二年二月一日大蔵省による有価証券届出の義務付けが制度化される以前の本件取引のなされた平成元年一二月ころには、一般投資家を相手方として外貨建ワラント証券の取引を勧誘する行為は、公正慣習規則一号三六条二項の趣旨に照らし違法であったというべきである旨主張する。
しかしながら、一般に外貨建ワラント取引及びその勧誘が違法であるという法規制がなされているとは認められない上、平成二年二月にワラントの取引について大蔵省より有価証券届出が義務付けられるに至ったのは、届出書を提出する必要のある証券取引法上の公募による販売方法についてであり、それまでの届出書を提出することを要しないユーロ・ドルワラントの国内販売の方法が違法とされていたものではないことに照らすと、外貨建ワラントの取引を勧誘する行為がそもそも違法であったとはいえないし、公正慣習規則一号三六条二項に該当するものということもいえない。
三 説明義務違反の有無について
1 上記認定の事実(原審認定事実を含む。)によれば、控訴人は、被控訴人と証券取引を行う以前に他の証券会社との間において比較的大規模な証券取引(信用取引を含む。)を行ってきた者であって、被控訴人との取引を開始した後も、本件各取引を行うまでに、多数回にわたり多額の証券取引(信用取引を含む。)を行っており、投資について相当程度の経験は有していたと認められること、それに加えて、控訴人は、大学を出た医師であって、その知識、理解力は通常人以上であると考えられる上、自ら安藤に対し毎日のように電話を架けて株価や市場の動きに関心を寄せるなどしていた積極的な投資姿勢に照らすと、証券投資の一般的な危険性自体についても十分に理解していたものと認められること、安藤が、控訴人と被控訴人とのワラント取引を開始するに当たって、控訴人に対し、メモを書きながらワラントの値の動き方、行使価格等について一応の口頭の説明をした上で、後で読むようにいって本件説明書(乙第一号証)を交付しているが、控訴人の学歴、職業、投資経験に照らすと、本件説明書がさして大部のものではなく、重要部分に下線を引くなどして注意を喚起するなど、投資家がワラント取引の危険性を理解するために必要最低限の情報が得られるような内容と体裁になっているものであること(控訴人が説明義務の内容として縷々主張する事項についても、これにより一応の理解を得ることが可能であると考えられる。)からすれば、ワラント取引が、いわゆるハイリスク・ハイリターンの取引であって、信用取引以上に危険性の大きい取引であることは容易に理解できたはずであり、また、安藤の右説明方法も、控訴人に対する説明としては一応合理的なものであるといえること、安藤は本件各取引の都度、控訴人に対し、その行使価格、行使期間等の説明をしていたこと、本件各ワラント取引においても安藤が控訴人に対し通常のセールストークの域を越えて断定的判断と評価すべき情報の提供をしたことを認めるに足りる証拠はなく、かえって、控訴人自身も安藤がなんでもかんでも取引を押売するタイプではないと思っていた旨供述していること、本件各取引のワラントの価格は合計五〇〇〇万円弱にのぼる多額な取引ではあるが、控訴人の経営する医院の診療報酬等が年間一億円を越えるものであり、控訴人は、他にも頻繁かつ多額の証券取引を行っていたものであることからすると、本件各取引が控訴人の資産状況等に照らして過大の危険を伴った取引であったとまではいい難いこと、その他本件に現れた諸般の事情を考慮すると、本件各取引につき、安藤に控訴人主張のような説明義務違背があったものとは認められないというほかはない。
2 この点につき、控訴人は、安藤が、前記控訴人主張2(二)記載内容を網羅的に、かつ、相手方が理解をしているかを逐一確認しながら説明すべきであるのに、これをしなかった旨主張する。
しかしながら、証券会社が投資家に対し説明すべき説明義務の内容は、一律に決まるものではなく、投資家の経験、資質等によって具体的に定まるものであって、本件の場合において、仮に、安藤が、前記控訴人主張2(二)記載内容を詳細かつ網羅的に、かつ、相手方が理解しているかを逐一確認しながら説明したものでないとしても、ワラントの取引についてその仕組みの概要について、ワラントが権利であって株式ではないこと、株価の動きによって理論価格や実際のワラントの価格がどのように動くかといったワラントの値の動き方のこと、権利行使の期限があること、権利行使価格のことの概略が分かる程度に説明されれば、控訴人ほどの証券投資の経験を有する者であれば、その危険性を知り、また、その投資の利益を理解して、実際に投資するかどうかを判断するのには、通常は十分と考えられるから、控訴人の右主張は採用できない。
3 なお、控訴人は、最高裁第三小法廷平成七年七月四日判決を引いて、「先物取引に於いては、業者側に先物取引の仕組や危険性について十分な説明と情報提供をなす義務が在り、これを尽くさなかった場合には、その勧誘・取引方法は違法となる」旨判示しているとして、日本では馴染みが薄く、先物取引以上に極めて複雑な仕組と危険性を有するワラントの取引には、より詳細な説明義務が業者に在ることは明らかである旨主張する。しかしながら、控訴人の右立論は、一般論としては妥当するとしても、本件においては、控訴人の学歴・職業・投資経験に照らし、必要にして十分な程度に説明が行われたものと認めるべきことは、前記に認定のとおりであるから、右最高裁判決を前提としても、本件において、安藤に説明義務があるとはいえない。
4 また、控訴人は、安藤が、急落することを知りつつ控訴人に大京ワランマトを購入させたものであり、仮に、安藤が右の事情を知らなかったとすると、業務上の過失により控訴人に損害を与えたというべきである旨主張するが、甲第一、二号証のみからは、大京ワラントの急落することが確実であったと認めるには足りないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない上、安藤が右ワラントの急落を知らなかったことに業務上の過失があると認めるに足りる証拠はないから、控訴人の右主張は採用できない。
四 有価証券目論見書の交付義務違反の主張について
控訴人は、被控訴人には有価証券目論見書の交付義務があるのに、被控訴人は控訴人に対し、本件ワラント取引において有価証券目論見書の交付をしていないから本件各取引は違法である旨主張する。
しかしながら、証券取引法第一五条二項において、「発行者、有価証券の売出しをする者、引受人又は証券会社は、有価証券を募集又は売り出しにより取得させ又は売りつける場合には、目論見書をあらかじめ又は同時に交付しなければならない」旨規定しているとおり、目論見書の交付義務があるのは、有価証券の募集又は売り出しにより取得させ又は売りつける場合であって、「有価証券の募集」とは、「新たに発行される有価証券の取得の申込みの勧誘で、多数の者を相手方として行う場合として政令で定める場合」をいうとされており(同法第二条三項)、また、「有価証券の売出し」とは、「既に発行された有価証券の売付けの申込み又はその買付けの申込みの勧誘のうち、均一の条件で、多数の者を相手方として行う場合として政令で定める場合に該当するもの」をいうとされている(同法第二条四項)のであるから、本件のワラント売買のように、証券会社が所有するワラントを、顧客との間で相対で取引する場合は、証券取引法にいう「募集」又は「売出し」に含まれないというべきである。したがって、被控訴人には控訴人に対して本件ワラントの目論見書を交付する義務はなかったものであり、有価証券目論見書の交付がないことが違法であるとの控訴人の右主張は採用できない。
五 権利行使催告義務の懈怠の主張について
1 控訴人は、被控訴人において、控訴人に対する権利行使催告義務の懈怠があった旨主張し、被控訴人は、右の権利行使催告義務の懈怠に関する控訴人の主張を時機に遅れたものとして民訴法一三九条により却下すべきである旨主張する。しかしながら、控訴人の右主張は、訴訟の完結を遅延するものとは認められないから、被控訴人のこれを却下すべきであるとの主張は採用できない。
2 そこで、控訴人の右主張について検討すると、前記認定の事実に成立に争いのない甲第九号証の二、三、弁論の全趣旨を総合すると、安藤は、本件各取引の都度、控訴人に対し、権利の行使価格、行使期間等の説明をしていた上、被控訴人が、控訴人に対し、平成五年二月二六日、本件各ワラントにつき権利行使期日到来の通知と権利行使の催告をしていることが認められるので、安藤の退職、被控訴人の個人営業部の閉鎖が控訴人の権利行使の妨げになったかどうかの点について触れるまでもなく、控訴人の権利行使催告義務の懈怠の主張は失当である。
第五 結論
よって、原判決は相当であって本件控訴は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 渡辺剛男 裁判官 菅英昇 裁判官 矢澤敬幸)